大分川定例探鳥会 日本野鳥の会大分県支部


2004年3月28日の探鳥会風景(鳥合わせ)

日本野鳥の会大分県支部の定例探鳥会は、毎月第4日曜日の午前10から12時まで大分川右岸の大分市広瀬橋下流付近で開催しています、7月と8月のみ午前7時から9時の開催です。
四季を通して川面や堤防の鳥を観察していると、野鳥の種類の変化や生態がよくわかってきます。多くの人々の参加を希望します。
参加費は無料で誰でも参加出来ます。


2008年1月27日の探鳥会風景


<大分川定例探鳥会の資料を掲載しています>

第243回大分川定例探鳥会 (2005.4.24)   参加者: 28名  観察種:42種


第243回大分川定例探鳥会 (2005.4.24)   参加者: 28名  観察種:42種


環境問題について(3)
花園にあったサギ山の消滅


サギ山とは
 コサギ、チュウサギ、ダイサギ、アマサギ、ゴイサギなどのサギ類は混棲して集団で営巣する。この場所をサギのコロニー(集団営巣地)と呼んでいる。このコロニーを私たちは一般的にサギ山と呼んでいる。


花園にあったサギ山の概況
 このサギ山は大分川の左岸にあり、府内大橋からの新堤防と広瀬橋からの新堤防が切れている部分で400mにわたって旧堤防が現存する。その旧堤防にメダケが繁殖し、その竹林中に常緑広葉樹と落葉広葉樹が58本点在している。面積にして4500uである。その内側は近くの人が狭いが畑を作っていた。東側の川原はヨシ、ガマ、ススキを優占種とする川原になっていた。現在の大分市農協と豊府高校、上水場のあるところはテンサイ糖工場の跡地で当時は更地になっていた。北東の隅に池があってカモ類が飛来していた。
 近くの人の話によると、花園のサギ類は昭和49年ごろから増えはじめたといっていた。私の調査で、昭和52年7月にシラサギ700+羽をカウントした。ゴイサキを加算すると約1000羽が生息していたことになる。


堤防工事とサギ山
 堤防工事が昭和53年からはじまり、サギ山のシラサギはしだいに数が減り寂しくなった。サギ山を捨てたシラサギは対岸の大分市曲の森岡の南西部の樹林に移動した。10号線を通るドライバーは森岡の緑の樹林に白い花が咲いているようだと驚いて一時話題になった。がそれも束の間で宅地造成の工事がはじまり消滅した。その後、小野鶴新町西の堤防にサギ山ができたが、ここも堤防工事で消滅した。最近、大分川でシラサギの群が見られなくなった。
 花園のサギ山は旧堤防の河畔林を保全したので、復元の可能性があるのではないかと思ったが、住民の要望で、河畔林の下草は全部刈られ、ゲートボール場もでき公園化された。サギ山復元の可能性は無くなった。
 河川整備にあたって治水、利水が優先するのでやむを得ない結果に終わるのであるが、河畔林が保全されただけ野鳥にとって幸せである。
 平成9年、河川法の改正により、治水、利水、環境が三本柱となり河川が整備されるようになった。河畔林の保全、多自然型工法、水制工法、護岸の復元など、今後の河川整備に生かして欲しいと願っている。



第237回大分川定例探鳥会 (2004.10.24)   参加者: 26名  観察種:40種

定例探鳥会を顧みる(3-1)

1、はじめるタイミングがよかった!
 昭和47年(1972年)に大分県野鳥友の会としてわずか25名で発足した小さい会であったが歩きはじめてから少しずつ会員も増え、昭和52年(1977年)に日本野鳥の会大分県支部に認定された。昭和57年(1982年)に「全国野鳥保護のつどい」が野津原町しあわせの丘で開催された。このつどいで県民に野鳥の会の存在が認められるようになった。
 1980年代はロッキード事件、リクルート事件、佐川問題など発生して政治不信が続き景気が悪くなり、これまで続いた物質至上主義の経済発展もバブルが崩壊した。国民も物質文明から精神文明へと心の豊かさを求め、こころのやすらぎやいやしを自然に求めるようになり、フィールドワークが盛んになった。
 これまで会長におんぶにだっこの運営から脱却して、昭和60年(1985年)大分県支部の組織化をはかり第一歩を踏み出した。指導部の行事として定例探鳥会を実施することになり、昭和60224日に第1回を開催した。

2、よく続いたもんだ!
 よく続いたもんだということが私の実感である。スタートしたときいつまで続くであろうかという不安があったのは事実である。ささやかなことであるが、継続して実績を積み重ねていくことが会の発展につながると信じていたからこそ続いてきたと思っている。それにも増して探鳥会が続いてきたのは会員の参加、協力があったからだと思っている。探鳥会は会員にとって最大公約数的な発しみの場である。小雨のときでもトリキチか必ず45人、探鳥地にきている。探鳥会は探鳥の楽しさだけでなく仲間とのふれあい、コミュニケーションの場であり、事業部の活動の場でもある。また、普及部の活動、新入会員の加入の場でもある。報道機関を適して野鳥の会のピー・アールの場でもある。このような諸活動の場として続けてきたことに価値があると思っている。

3、参加者の顔ぶれも変わった!
 20年も続けていると時の流れとはいえ参加者の顔ぶれもずいぶん変わった。1回の参加者の中で現在も参加しているのは島岡夫妻のみである。老齢のため、病気のため、転住のため参加できなくなった人もいる。また、年齢的に中間管理職となって公私ともに多忙で参加できない人もいる。不幸にして逝去された方もいる。ときにはさびしさを感じることもあるが、次々に新人が参加し、会員の協力で探鳥会が持続発展していることばうれしいことである。


 第230回大分川定例探鳥会 (2004.03.28)   参加者: 26名  観察種:37種

 ビギナーの心得(1)

 何の分野でも同じことであるが、始めるときには勇気がいる。何もできない、何も知らないなどの不安がある。誰もが経験することで何も恥ずかしいことではなく、あたりまえのことで、心配する必要は全くない。まず挑戦してみることである。現在は各所で文化講座が開催されているが生憎、野鳥に関する講座はない。そこで野鳥を勉強しょうとする人は
 1.野鳥にくわしい人に同行して勉強する。
 2.探鳥会に参加して勉強する。
 3.鳥類図鑑を調べて一人で勉強する。
 4.野鳥の会の会員になって勉強する。  などの方法がある。

 ビギナーは探鳥会に参加するのが一番良いでしょう。特に水辺の鳥の探鳥会が鳥の姿が見えて楽しく勉強することが出来る。私は大きくてわかりやすいシラサギ類の調査からはじめました。昭和50年台のはじめまで花園の河畔林にサギ山があって、繁殖期には観察に良くでかけました。鳥は一年中いるので観察を始める時期は何時からでも良いのですが、姿が大きくわかりやすいカモ類やカモメ類の飛来する10月からが良いでしょう。
 春から初夏にかけて鳥は繁殖期に入り、よくさえずります。鳴き声を楽しむのであれば、この時期が一番良い。だが、若葉が茂り、鳥の姿が見えにくいので、鳥の鳴き声を覚えないと何という鳥かわからず、ビギナーにとっては鳴き声は聞こえるのであるが、鳥の識別が出来ず、興味が薄れてくる。
 私は野鳥の会に入会してから幸いなことに、鳥の鳴き声を録音することに造詣の深い佐藤務さんに誘われて5月6月に黒岳に良くでかけました。そこで森林性の鳥の鳴き声の識別について勉強しました。私が現在あるのも佐藤務さんのお陰だと感謝している。
 森林の鳥の勉強はベテランに同行するのが最も良い。そこで鳴き声を覚え識別能力を養っていくのであるが、何度も体験することが大切である。鳥の鳴き声を書き表すことは難しく、昔から人の言葉に置き換えている。これを「ききなし」と呼んでいる。例えばウグイスの「ホーホケキョ」、ホトトギスの「特許許可局」、など。「ききなし」はこれまでの慣習にこだわらず各人で創作して自分のものにすればよい。鳴き声を楽しむのであれば繁殖期の早朝が良い。
 繁殖期にはよく「さえずり」が聞かれるが、非繁殖期は「地鳴き」にかわる。たとえばウグイスの「さえずり」は2月のはじめから7月まで聞かれるが、それ以後はやぶの中で「チェッチェッ」と鳴いていて注意しないと気が付かないで過ごしてしまうことが多い。この鳴き声を「地鳴き」と呼んでいる。               つづく

  
 第229回大分川定例探鳥会 (2004.02.22)  参加者:  名  観察種:42種

 20周年目を迎えて

 
大分川定例探鳥会が昭和60年2月24日、岩田学園の堤防で南次郎、丸野安比彦、島岡恵子三幹事によって産声をあげてから20年目を迎えました。一口に20年というが人で言えば成人式を迎えたことになる。よく続いたものだとわれながら感心している。健康に恵まれたからこそ続けられたことで、祝福しても良い価値があり、229回という回数は誇りに思ってもよいのではないだろうか。
 この20年の年月を振り返ってみると、昭和から平成へと時代は流れ、バブルが崩壊してから経済も今だに回復せず、国際的にも不安定が続き、日本丸は果たしてどのような道を進むのか見通しも不透明のまま、時間が流れている。
 探鳥会そのものはマンネリ化して現在もあまり変化がなく申し訳なく思っているが、大分川の自然環境と鳥相、参加者の顔ぶれは20年間に随分変りました。初回探鳥会の参加者の中で、現在の探鳥会に参加しているのは島岡御夫妻だけである。長い年月の間に老齢や病気で参加できなくなった人、転居した人、故人になられた人もいる。さびしさを感じるときもあるが、これも時の流れだと思っている。
 開催当時小学生だった首藤さんが200回探鳥会のときに子ども連れで久しぶりに参加してくれました、懐かしくうれしかったが、つくづく年月の経過を感じました。淳ちゃんもきっと立派な社会人になっていることでしょう。
 この20年間に新人が次々に探鳥会に参加して会自体は持続発展している。大変ありがたいことだと思っている。探鳥会では鳥との出会いの楽しみがあり、また、人と人とのふれあいの楽しみでもあるので、会員が協力して継続できているのではないかと思っている。「継続は力」で、私たちの目には見えないが励ましの力になっていると思うし、継続していることは私たちの会自体の力にもなっているのではないだろうか。これからも気楽に健康に留意して明るく楽しく続けていきましょう。皆さんの御協力をお願いします。探鳥会のありかたについて、よいアイデアを提供してください。

 冬鳥の終認の記録をとろう

 私たちは鳥を情緒的に見るだけでなく、その鳥を生態的に観察することによって、その鳥と生息環境との関わりを知ることができるようになる。この冬はどんな鳥に出会いましたか。カンムリカイツブリ、カモ類、カモメ類、ツグミ、ジョウビタキ、シロハラ、アカハラ、ミヤマホオジロ、アオジ、アトリなどなど。
 出水市荒崎のツルはすでに北帰行がはじまっている。大分で越冬したそれぞれの鳥はいつ北に向かって飛び立つのだろうか。続けて終認の日を記録しておくとその鳥の実態がよくわかるようになり、きっと何かがわかるようになると思う。


 第228回大分川定例探鳥会 (2004.01.25)  参加者:38名  観察種:39種

 謹賀新年
 皆様、希望にあふれる新春を迎えられたこととお慶び申し上げます。


 さて、大分川定例探鳥会もあっという間に20年目を迎えました。何とか飛躍しなければと思いながらマンネリ化してしまって申し訳なく思っています。何か良い知恵を提供してください。探鳥地周辺の床止も安定し、右岸の川原も復元のきざしが見えてきました。皆さんの探鳥の場として自然が残存するかぎり、また、皆さんのコミュニケーションの場として探鳥会を続けたいと思っています。これからも皆さんの協力で、明るく楽しい探鳥会を育てていきましょう。
 昨年は思いかけず7月4〜5日に赤迫の池にレンカク、12月22日に大分川元町地先にオオハクチョウが飛来し私たちを楽しませてくれました。今年にはいって1月11日に江口さんが6号地の池で、メジロガモを初認しています。県内で2例目です。今年はどんな珍鳥に出会えるか楽しみですね。また、最近は宇佐市の順風新田、乙女新田、高家新田に昨年暮れからマナヅル9羽、ナベヅル5羽が飛来して話題になっています。毎年来てくれると楽しいですね。宇佐の自然を楽しむ会を中心に対策を検討しているようです。その会に会員の林謙治さんや田中弘さんが参画しています。私たちも応援をしましょう。
 随分前から出水市荒崎に渡来する万を越すツルの分散が言われています。それはもし伝染病が発生したらナベヅルとマナヅルの9割がいなくなるからです。これまでいろいろ対策がとられてきましたが実現していないのが現状です。最近のニュースで韓国と山口県の鳥インフルエンザによるニワトリの大量死は人事でない。荒崎のツルのことを考えると早く新しい渡来地ができることを願っています。

「ツル」について
 日本で7種のツルが確認されています。タンチョウヅルが北海道の釧路湿原で繁殖するほかはすべて冬鳥として渡来しています。
 日本のツルは奈良時代から生息していて万葉集に読まれています。平安時代の「古今和歌集」にも詠われています。鎌倉時代には「まなづる」名が現れています。室町時代の「藻塩草」には「まなづる」「しろづる」「くろづる」の名が出ています。
 江戸時代の「大和本草」ではナベヅル、ソデグロヅル、マナヅル、タンチョウ、アネハヅルの5種類に分類しています。江戸時代にはこれらのツルが日本全国に渡来していたらしい。江戸時代には殿様だけが狩猟を認められ、保護されていた。
 明治時代にはいると銃砲が普及し、また、交通の便もよくなり、的の大きいツルがねらわれるようになって次第に姿を消し、全国的に見られなくなった。


 第181回〜第227回は未掲載です。


 第180回大分川定例探鳥会 (2000.01.23)  俳句と野鳥

 12月の探鳥会で、初参加の人から「私は俳句を詠んでいます。それで鳥の勉強をさせてください」と謙虚な挨拶をうけた。会員の中にも俳句を詠んでいる人がたくさんいて、ときどき「たより」に掲載されている。

 全く俳句に無知な私ですが、五七五の十七文字で完結して、その中に季を入れる習わしになっていることぐらいは知っている。古来、季語の類別は整然として自然の季節感はもとより、人間生活もまた取り扱われている。
 野鳥の観察も詳しく季別もよく分類され、季語として活用され、味わい深い俳句が数多く残されている。しかし、現在のように鳥の生態が研究されてくると、古来の季語も修正せざるを得ないものが多くあることは言うまでもない。


 第179回大分川定例探鳥会 (1999.12.26)  自然保護について (3−2)

3.自然環境保全法(昭和47年法律第85号)
 法によって自然環境保全審議会がおかれ、自然環境保全基礎調査(緑の国勢調査)が行われている。

4.自然公園法(昭和32年法律第161号)
 国立公園、国定公園、都道府県立自然公園の指定、公園計画など定めている。

5.文化保護法(昭和25年法律第214号)鳥類に関する規定の一部
  @ 日本特有の動物で著名なもの及び生息地
  A 特有の産ではないが著名な動物として保存を必要とするもの及びその生息地
  B その他
 天然記念物に指定されている鳥類 ・特別天然記念物 ・天然記念物
 

6.森林法(昭和26年法律第249号)
 森林計画、保安林その他の森林に関する基本的事項を定めている。

7.都市公園法(昭和31年法律第79号)
 公園施設として、同法施行令で自然生態園や野鳥観察所が規定されている。

8.都市緑地保全法(昭和48年法律第72号)
 都市計画区域内の緑地で、動植物の生息地、生育地として保全する必要のある土地については、緑地保全地区に指定することができる。

 [鳥類に関する主な国際条約、協定等]
1.絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約
 (ワシントン条約、昭和55年条約第25号)
 野生動植物の一定の種が過度の国際取引に利用されることのないよう、これらの種を保護する国際協力のための条約。

2.特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約。
 (ラムサール条約、昭和55年条約第28号)
 国境を越えて移動する水鳥の生息地としての湿地の浸食や喪失を阻止するため条約。締約国は適当な湿地を登録し、保全のための措置をとる。

3.世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約。
 (世界遺産条約、平成4年条約第7号)

4.生物の多様性に関する条約。(平成5年条約第6号)

5.渡り鳥及び絶滅のおそれのある鳥類並びにその環境の保護に関する日本政府とアメリカ合衆国政府との間の条約 (日米渡り鳥条約、昭和49年条約第8号)
 同じく二国間で
 ・(日中渡り鳥条約、昭和56年条約第6号)
 ・(日豪渡り鳥条約、昭和56年条約第3号)
 ・(日ソ渡り鳥条約、昭和63年条約第7号)

 各法令の詳細については各人で学習することをおすすめします。


 第178回大分川定例探鳥会 (1999.11.28)  自然保護について (3−1)

 野鳥を保護するためにバードウオッチャーが基本的な知識として持っていることが望ましいと思われる。「鳥獣保護のための法律と条約」について簡単にまとめましたので参考にしてください。

「法 律」
1. 鳥獣保護および狩猟に関する法律(大正7年法律第32号)
    昭和38年に全面改正して、鳥獣保護関係の条文を追加したもの。
    平成9年に一部改正

◎野生鳥獣は原則として捕獲が禁止されており、いかなる目的であれ、所定の手続きなしに捕獲することはできない。

 @狩猟の対象となる鳥獣(鳥類:29種類、獣類:18種)

 A狩猟関係
     (ア) 狩猟鳥獣以外の鳥獣は捕獲できない。
     (イ) 狩猟鳥獣の種類は環境庁告示で定める。
     (ウ) 狩猟期間は北海道以外では11月15日から2月15日まで。

 B鳥獣保護関係
(ア) 都道府県は5年ごとに鳥獣保護事業計画を策定し、その中に鳥獣保護区や休猟区の設定、鳥獣の人工増殖、
    有害鳥獣の駆除、鳥獣の生息状況の調査、啓蒙活動などについての事項を定めることになっている。
    平成9年度から第8次計画が進行中。
     (鳥獣保護区。特別保護地区。休猟区。銃猟禁止・制限区域)

(イ) 適用除外と飼養
    学術研究、有害鳥獣駆除、飼養などのための捕獲は、対象となる鳥獣の種類により、環境庁、都道府県知事、
    市町村の許可を得なければならない。飼養については、捕獲とは別に1頭または1羽ごとに許可がひつようであり、
    飼養許可書の有効期間は1年、更新は可能となる。

2. 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律   (種の保存法 : 平成4年法律第75号)
   絶滅のおそれのある特定の野生動植物について、国や地方公共団体が種の保存のための施策の作成と
   実施の責務を負うものと定め、また、一般にその捕獲や取引を規制する法律である。

    @国内希少野生動植物 A国際希少野生動植物 @Aは政令で指定。
    B緊急指定種=@A以外の動植物で、緊急に保護の必要があるもの。


 第177回大分川定例探鳥会 (1999.10.24)   自然保護について (2)
 
 最近、大分市内の里山の開発がすすみ、緑豊かな自然が次々に消失している。開発と自然環境とは裏腹にあり、開発がすべて悪いというのではない。どのように開発していくかが問題である。以下大分県の環境行政の一端を平成10年度の環境白書から抜粋したので参考にして下さい。

 第3章の中の「環境緑化の推進」の項で「緑化の保全」について次のように述べている。「市街地及びその周辺地域の自然緑地を乱開発や虫食い開発から守るため、これらの地域を県緑化地域に指定し、開発の届出を義務づけ、緑化基準による計画的な緑化を指導している。また、県緑化地域外では、同様に大規模開発の届出義務により既存緑化の保護保全を計るとともに失われた緑の復元に努めている。

 また、「県緑化地域の指定状況」の中で、例えば、大分地域の中で、大分中央地域は指定面積3300ha、指定地域の範囲は「大分市の護国神社以南の大野川と大分川に囲まれた下判田に至る地域」となっている。指定年月日は昭和49年3月15日である。

◎ 県は環境保全施策として「環境影響評価」の推進を図っている。
  ・ 「環境評価の実施」については昭和52年以来何回にもわたって法律案の国会への提案をを試みたが、昭和58年11月の衆議院解散
    に伴い審議未了で廃案となり、国会への再提出も見送られることとなった。

  ・ 昭和58年8月に「環境影響評価の実施について」閣議決定を行い、「環境影響評価実施要領」として、現在はこれに基づいて実施されている。

  ・ 平成5年11月に「環境基本法」が施工された。

  ・ 平成6年12月に「環境基本計画」が閣議決定された。

  ・ 平成9年6月に「環境影響評価法」が公布された。

◎ 県では平成10年2月10日に「大分県環境影響評価指導要領」を告示し同年4月1日から施行した。
   @ 第1種対象事業=大規模なもので「住民手続」を行うもの。
        施工区域面積 100ha以上のもの。
   A 第2種対象事業=第1種対象事業より小規模で「住民手続」を行わないもの。
        施工区域面積30ha以上 100ha未満のもの。

◎ 平成10年3月27日に環境基本計画「豊の国エコプラン」を決定した。

◎ 平成11年度中に「環境基本条例」「環境影響評価条例」「環境保全条例」などの「環境三条例」を制定することにしている。

 第176回大分川定例探鳥会 (1999.9.26)   自然保護について (1)

 繁華街の真ん中にあるジャングル公園には大木が植栽されており、緑も豊かであるが森といえるだろうか。
森とは喬木があり、灌木があり、下草があり、つる植物が生息しており、しかも昆虫や鳥類が生息しているようなところである。

 こような森の土壌にはヤスデやミミズ、ダンゴムシ、土ダニなどの土壌動物やキノコやバクテリヤなどが生活している。森の中の生きものたち(生物群集)と、それをとりまく環境要素の日光・大気・水・土壌・岩石(非生物要素)のすべてを含めた全体が、その地域の生態系である。生態系の良好なところは動植物が共存しているといえる。野鳥の保護するということは、野鳥の生息しているその地域の生態系を保護することである。

 緑の植物は太陽のエネルギーを使って無機物(水や二酸化炭素)から有機物(デンプン)をつくることができる生産者。植物を食べて生きている昆虫、鳥など草食動物は一次消費者、草食動物を食べる肉食動物は二次消費者。動植物の遺体や排泄物を分解して生きている土壌動物や菌類、細菌類の仲間を分解者と呼んでいる。生態系内では生産者、消費者、分解者のバランスがうまく保たれていて、その中の物質は循環している。

 陸域の生態系について述べましたが、水域(川、池、沼、湿地、水田、干潟や海洋)にも陸域と同じように生態系が存在している。諫早湾の埋め立てによって飛来するシギ・チドリ類の数が極端に減少している。これは湾にできる生態系が破壊されたからである。
 また、森林の中に林道をつくると、林道の両側の環境は明るさ、温度、湿度、風通しなどが変わり、今で森の中にあった環境が森の林縁部の環境に変わってくる。そのために植生が変化して、必然的に生態系にも変化が現れてくる。生態系が破壊されると動物は住めなくなる。ただ単に緑があればよいというのではなく、いかに生態系が保全されるかが自然保護の課題である。


大分川今昔

ほーむ